私たち研究チームは、家族介護者が患者さんにとって大きな心の支えであると同時に、ケアを担う重要な存在であると捉えています。ですから、介護者の身体的及び精神的健康やQOL(生活の質)を支えることが患者さんにとっても社会にとっても重要なことだと考えてきました。家族介護者に関する調査研究をすることが、海外に遅れている日本の介護者の健康問題やQOLに関する課題を少しでも助けることに繋がることを希望しています。
この研究の目的は、介護者の日常的な介護ケア経験に対する思いや見解の特徴、そして生活の質(QOL)に関連する文化的要素について探求し、可視化するための質的研究を行うことです。そして既存の家族介護者QOL尺度であるQuality of Life in Life-Threatening Illness-Family Caregiver version (Cohen et al 2006, McGill大学 カナダ)の日本語訳版試験から得た結果と質的研究結果の両方をもとにして、最終的には日本のケア文化に適した家族介護者QOL尺度を開発して、家族介護者QOLを定量化することです。遅々としてではありますが、独立行政法人 日本学術振興会科学研究費助成事業の支援を受けながらこれまで研究に取り組んで来ました。
質的面接調査の結果から、日本の家族介護者の高齢化やケアを取り巻く日本文化の特異性を考慮することの必要性が明らかになりました。例えば恩を返す、遠慮・迷惑、家族意思決定、思いやり、八百万の神に祈るなどの独特の文化的要素の存在が見えてきました(研究成果参照)。また、ベースとなる尺度開発者のMcGill大学Cohen博士の許可を得て作成したQOLLTI-F日本語訳版を用いて試験的調査をしました。原版の翻訳時には専門家による翻訳及び逆翻訳の他に製作者に相談・承諾を得た上で、日本の協力者(対象者)にわかりやすい注釈を加えました。尺度の内容的妥当性については専門家も交えて検討し、内容的妥当性が概ね認められました。同時に日本語訳版QOLLTI-FとSense of Coherence(SOC:首尾一貫感覚)を含めた試験的調査を行いましたが、その結果からQOLLTI-FとSOCの相関関係が明らかになりました。しかし、カナダの調査結果と因子構造の比較分析をした結果、日本人対象者のQOLには特徴的な反応が見られることがわかりました。例えばカナダの対象者が経済を独立した因子と見なす反応をしたのに対して、日本人対象者はいわゆるヒトとおカネを切り離さず、かつ因子としては1番に重きを置くという反応がみられました。また、患者の状態に自分自身を埋没させるかのような、介護者の個としての反応(自分の生活のコントロール感や意思決定への参加)が弱いなどの傾向が読み取られました。
私たちは人々の日常生活の中に文化的行動やその意味付けの起源が存在し、現象と社会文化的背景との密接な関係にあることに注目し続けています。日本はグローバル時代の今もなお歴史・文化的特異性をもち、海外の概念や尺度を直接活用できるとは限りません。内田・萩原(2012)は日本が同一経済的水準の先進各国と比して主観的幸福感が低いことを挙げて、幸福の成り立ちが文化で異なることや、欧米で策定された物差しで日本人の幸福度を測り、単純比較で低いとする問題を指摘しています。ですが、同時に国の壁を越えても人が家族や親しい者を大切に思い、ケアする現象の普遍性においては共通する部分もあることから、QOL尺度の核を捉えるには海外開発の物差しを用いた開発・実用化に価値があると考えて、これまでの結果をもとに、チームで検討を重ねながら日本人に適した家族介護者QOL尺度の検討・開発を進めています。
「高齢期、慢性・虚弱化及び終末期にある患者をケアする家族介護者のQOL尺度(暫定版2020)」には文化的要素を活かした項目を追加して作成しています(研究成果でその一部をご紹介しています)。残念ながら2020年度以降に予定していた調査は新型コロナウイルス感染症の影響を受けてかなり遅れています。限られたデータではありますが得られたデータから暫定版尺度の信頼性及び妥当性検討を行った結果(研究成果でその一部をご紹介しています)を基に家族介護者QOL尺度の本試験の準備をしています。研究に興味がある方や試験にご協力頂ける方は是非お問い合わせください。